名刺

 なんでもとっておく悪いくせがある。が、ときどき思わぬものが出てくることもある。いま机から出てきたのは名刺。洗心亭の前でおじいさんから渡されたもの。洗心亭の前に車を停めて降りたら、そのおじいさんが声をかけてきた。
「このクルミはいいですね。わたし、クルミの研究をしているもので」
 たしかハタチのころの話だから、いまから17年くらい前になるわけか。
 そのおじいさんの名刺には「小井田與八郎」と名前がある。九戸村の人のようで、〈クルミとミルクの農業 小井田立体農業研究所〉とある。ご存命とは思えないけれど、ネットで検索してみたらこの研究所はまだあるようだ。「立体農業」とはなんなのか当時は謎だったのだが、クルミの樹下に牧草を栽培して酪農との複合経営を目指し、それで「クルミとミルク」だったのかといまになって知る。あのおじいさん、すごい人だったのかもな。