「風」   谷川俊太郎

風が吹き
あのきびしく大きな風が吹き
いつか幼い雲たちは逃げてしまった
ただ苦しいだけの追憶を残して

白い炎暑
静かな弦楽
底のない成層圏……
困難な風土の中で僕は知り始めている

もう小さな神話の時代をなつかしむのはよそう
今は
僕がひとりであるということだけが正しい

風が吹き
あのきびしく大きな風が吹き
僕はひとつの海を目指している