牡蠣

 市ヶ谷のかき殻荘で牡蠣をたらふく食べる。我が家は父ちゃんの清が牡蠣にあたったことがあるせいで牡蠣を食べる文化がない。でもって今回はお誘いいただき、牡蠣をひとり三十個くらい食べたんじゃないかな。
 いつもお誘いしてくれるのは大学受験する息子がいる書評家さん。なんとそのおばさんはうちの母ちゃんと同じ小学校の同窓生。いつもよくしてもらっている。それから、今回は映画ライターさんも。その人は母方の実家がぼくが生まれた栃木の佐野市だった。世の中せまいものだ。でもってもうひとり三十八歳の女性がやってきて、その人は面識があるのだけれど、神戸にある財閥の娘さんなんだよな。造船と酒造をやっていて。本人は東大卒でいまはベッキーやゲスを吊るし上げた雑誌の編集部にいる。
ベッキーってかわいそうだよな」とそこの編集長がつぶやいているのを聞いたらしく、おまえだろーっていう(笑)
 その財閥の娘さんは結婚されていないらしく、「デシデシ君どう?」と書評家さんに軽くジャブをもらうわけだけれど、やっぱり自分では吊り合わないよなあ、と。というかつり合えると思う男を見てみたい。

 牡蠣は生でも蒸してもカキフライでもなんでもうまかった。ちょっとうまく言えないのだけれど、こうした業界にいるとちょいと成功した人たちと同席することがある。金銭感覚がまるで違う。いいものを食べ、いいものを着て、いい家具や食器に囲まれて生活している。かたやいつも遊んでいる三十代の人たちはちょうど子供を授かったりして生活はきゅうきゅうだ。漫画を買うにも金を出し渋る。食費はなるたけ削る。たぶん、ぼくがちょいと成功した人たちとごはんを食べに行けるのは、我が家は家賃がアホみたいに安く、養わなければいけないのが犬のみだから。本当は家族がいたらぼくも牡蠣の食べ放題なんて行けないんだろうな。幸せなのか、そうでないのか、はてさて。