オッサン

 パソコンがビスタなもので、もう使えないというメッセージがばんばん来る。セキュリティも保障が切れているという。面倒くせえなあ。パソコンはワープロ機能とメールさえ使えれば問題ない。別に音楽を聞かないし、動画も観ないし、絵を描くわけでもない。ワープロとメールのためだけに新しく買い換えなくちゃいけないなんてバカみたいだ。

 隣の隣の部屋のオッサンが亡くなったみたいだ。みたいだ、というのは誰も知らないから。五十代くらいのチワワを飼っていたオッサンだった。トヨタのライン工なのかな。あまり衛生的ではないオッサンで、いつも酔って臭かった。当然、連れ合いなどいない。何度か救急車が来ていて、噂では腰が悪いという話だったけれど、最後に担架で運ばれてそのまま音沙汰がなくなった。それが12月のこと。で、先週業者がやってきて家の中のものを全部運び出していた。身内が片付けにきたのではなく、廃品系の業者が委託されて来たようだった。アスファルトに持ち物がどんどん出されていく。布団が酷かった。汚れてカバーは破れて綿が出ていた。万年床がそのままゴミになったみたいな布団に寝ていたようだ。トヨタエスティマも業者がレッカーしていった。

 最後に救急車で運ばれていったあと、すぐに帰ってくるかと思ったら戻ってこず、ドア越しにチワワのサスケがずっと鳴いていた。もともとは母親だか伯母さんだかが飼っていた犬で、虐待されたとかで女性は誰彼かまわず噛む犬だった。オッサンが帰ってこなくてサスケが餓死したら大変だと不動産屋に連絡を入れた。その後、サスケは誰かが連れて行ったようだけれどどこへ行ったかわからない。人に慣れない犬だったから心配だ。珍しくぼくに懐いていたのだから、なにかしてやれたのではと思わないこともない。そして、最後に運ばれていって二週間くらいして、オッサンの会社の同僚だと言う人が、「出社してこないんですけど知らないっすか?」と来た。本当に一人の人だったのだろう。

 オッサンはアパートの住人から厄介がられていた。ボヤ騒ぎを起こしたこともあったそうだし、酔ってほかの部屋に入ろうとしたりと、特に女性の住人から評判が悪かった。
「やっぱり亡くなったみたいですね」
 ぼくは三階の四十代の女性の住人に言ったら、「あら、やっぱりそうなのね」と。そして、もうオッサンを忘れたかのように言うのだ。
「次はどんな人が入ってくるんでしょうねえ」
 オッサンは折々につけ、ぼくを飲みに誘ってくれていた。一度も行かなかったけれど。やはり、おかしいところはあったし、歯を磨いていないようだし、風呂にも入っていないようだし。12月には雨がどしゃぶりの中ふらふらと歩いてきて、急に顔面からアスファルトに倒れて血だらけになった。周囲には誰もいない。ぼくが助けるしかない。ひとりでは立てないようなので肩を貸して部屋まで連れて行った。あれは酔ってのことだったのか、なにか病気だったのか。スキルス性の癌だと背中や腰が痛いという。
 うまく言えないけれど、親しくはなれなかったが嫌いではなかったのだ。次の住人について思いを馳せるよりも、汚らしいオッサンが同じアパートに住んでいたことを、ぼくは住人ともう少し話していたかった。